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恐らくブロント語でブログを開設したブロンティストは自分しか居ないでだろうな。居ても生きがってるそいつを俺がギガトンパンチで殴って殺すという理屈でおれの価値は今後もさらに高くて忙しい、お前らも早く強くなっておれを休ませてくれよ。

コンサータとストラテラの併用してみる件

 正直、ストラテラのことはそんな話すこともないよなって思いながら書いている。

 前に書いたし。これね。

https://toomjp05.hateblo.jp/entry/2020/10/21/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%A9%E6%9C%8D%E7%94%A8%E6%97%A5%E8%A8%98


 それでも書くのは併用、つまり両方使うことについて。

 コンサータストラテラの併用に関する個人感想はとても少ない。

 これはブログを通してもそうだし、大学医療のネットに転がってるPDFにも『禁忌か否か』もしくは『併用した場合の血圧など』しかなかった。

 初の試みとしかいいようがない状態。情報が少なすぎる。

 そりゃあ先生も許容したくないと思う、これで死んだら悲しいし、バツにもなる。

 しかもコンサータを出せる先生は限られている。剥奪になりかねない。

 それでも許して貰えたのは先生の時間的余裕の無さ、こちらの説得力、そして事情。

 先生は時間があまりない人(45分に8人見るとかザラ)であり、こちらとしても理論的に説得、事情を知ってる先生はまあええかと許してくれた。

 その事情はストラテラ最低容量で初日から効果を出した実績。最低容量なら死にはするまいって。先生が死なないでしょうからって言ったわけじゃないよ。

 コンサータ24、ストラテラ10と10(15にはしない方向)

 で始めている。

 結論から言うと10で必要な効果を得られたし、コンサータで昼間も元気にやれている。

 このままメリットを語っていこうと思ったが、素晴らしいことだねってすぐ併用に走るのは良くないので説得に用いた理由を少し。


 コンサータの時に得られる効果は物事への効率と創作性と眠気の排除。

 ストラテラの時に得られる効果のは静音感と睡眠の改善、食事回数の増加。


 コンサータの時に困る効果は効果切れ後の不眠に伴う寝不足、効果切れ後の耳鳴り(ADHD特有の騒がしさ)、食事回数の低下。

 ストラテラの時に困る効果は創作性の欠如、眠気。


 おまけ。初日のコンサータの感動はストラテラの重複にあるのではないかと考えている。


 見事に補えることしかないではないか!!! という判断。

 食事回数の増加については、ストラテラを飲むために食事しないといけないので結果的に増加するという意味でストラテラにそういう効果はないということを言っておく。

 しかもコンサータが切れた時の耳鳴りは無音になるとすごく目立って雑音が欲しくなる。それをカバー出来る。

 コンサータが切れると眠れないんだーー?ストラテラは睡眠の質を良くしてくれる効果と寝起きが良くなる効果があるのでかなりマシになる。

 実際、雑音も消えたし、寝起きも良くなって今日ようやく、朝起きれた。


 ストラテラが切れたコンサータ単騎の日々は辛かった、アラームに起きても寝るし、しんどいし、14時間寝るしで最悪だった。

 何が最悪って、友達と話す機会が睡眠ごときに取られてるってのが最悪。ふざけてるだろマジでってなる。

 早めに寝る? コンサータが切れてから5時間は寝れないという個人的な検証が出てる、これは朝の7時に飲んだとしても、19時から5時間、0時だ。

 ADHDロングスリーパーに7時間で目覚めろって無理だろ!

 しかしストラテラを飲めば五時間で睡眠は足りるようになる。

 今日も5時間睡眠。やはり最高の薬はストラテラである。

 そんなストラテラの弱点、創作性もコンサータがあれば克服。

 しかし、ストラテラに睡眠の改善はあまり効果として数えられていない。なんなら睡眠障害を出すと言われている。

 これはどうしてなのか? 分からん(率直)

 たしかに寝れないといえば寝れないが……寝た時の睡眠感は圧倒的だしなあ……。

 一応、コンサータが効いている時に寝てみた猛者なんだが、コンサータは寝ていて気持ち良いと感じる。

 夢精とかじゃなくて、普通のベッドで寝てるのにとろんと意識が落ちてスヤアってしてる感覚がすごく気持ち良い。

 夢もエロいわけじゃない。ただひたすら、気持ちいいから過眠症気味になる。14時間寝たのはコンサータ飲んで寝た時。

 逆に言えば気持ち良いだけ。こんなに寝るんだから。

 しかし、薬が切れた少し後と切れていない時、明らかに後者の方が寝やすい。

 これは薬が切れると薬のような快楽を求めてしまうのではないか、と考えたりもする。

 薬が切れたらはい、効果終わりではない。

 次の効果を待っていて、あれれって頭がおかしくなる。

 いやいや快楽欲しいんだけど!って渇望気味に寝れないのでは?

 これは気持ちじゃなくて脳の味噌の話。

 渇望するからこそ、薬切れてる時ほどなにかしたくなるし、ゲームしたくならないかって。

 俺は寝る前というのに親とすごくおしゃべりしたりする。本当はゲームもしたい。

 その時の感覚は初日の何かしたいと思わせる時に似ているなって思った。

 だからってアレなんだけどね、困るんだよね。

 あえて薬の量を減らすか……?増やしてから減らすといい感じに生きてける?

 まてまて、俺は人柱ではないぞ! しかも正しくないかも!

 それじゃ、また数日後。

集中とは感情である


 コンサータの効果が低くなっている気がする。これを耐性と定義するなら正しく耐性と呼ぶ。

 何がダメなのかってことを考えてみると、まず眠い。

 7時に飲んだというのに覚醒感はねえ、眠い。今は午前11時。

 ただしわき見する力は変わらず減ったまま。逆に言えば今見てることから逃げにくい。

 わき見とは散ること。

 YouTubeで同じ課題に関して見ているとそれをずっと見ていたくなって。

 例えば小説を書こうと思ってもずっと見てしまうような。

 良くも悪くも、時間の流れは変わらない。

 かといって、基礎ステータスは……うーん?

 ゲームやって見てもコンサータとあんま変わらんというか、慣れたというか。これがなくても『あるように装う』ことはできるんじゃねって。

 その証拠にコンサータが切れたあとの方が覚醒感あって副作用として言われている不眠が来ている。

 でも寝ようと目を閉じれたら眠れる。その意欲をガツガツにガッツ(どんな夢も〜)くえーるー。

 実際に食われている。

 飲もうが飲まいが、変わらんし変わってる。


 興奮、怒り、感情的は冷静とよく似てる。

 薬を飲むとそういう感覚がある。興奮してるんだろうな、怒ってるんだろうな、そういう感覚ではない。冷静な感覚。

 冷静に興奮するし、冷静に怒るし、冷静に感情的になる。

 その冷静は結果的に集中力って呼ばれるんだろう。

 エロ本に集中するから興奮するのであって、見るだけではただ見ただけになる。集中する意識がない。

 怒ることもそうだ。集中して声を大きく指を振りかぶる。その時に花瓶をなぎ倒すこともあるだろう、ちゃぶ台を返すこともあるだろう、だが本人に楯突いて大怪我の例は少ない。

 それはなぜかと言うと、本人を傷つけて大怪我させない程度には怒ることに集中しているからである。だから怒るとDVと殺人は違う。

 DVは相手を怪我させることに集中してるし、殺人も相手を仕留めることに集中している。

 ってのを嫌われる勇気って本から学んだのである。ちなみにあっちゃんの売り言葉を独自解釈しているバカである。

 結論的には感情という概念は言い訳に過ぎない。感情に強さなんてない。

 単なる己が動くアクセル、時には間逆のブレーキにもなる。そこに強弱は存在しない、アクセルとブレーキ、前と後、それだけ。

 それだけでしかないことを普通の人は気づかない。

 なぜなら今までをそれのせいで、悪いことしたと考えたいから。


 この話のミソになる部分は、感情のせいでと言い訳しているが、ちゃんと己で抑制できることを『さもできないように認識している』ことが我々人間の問題なのである。


 だから感情に強弱があると勘違いしている。本当はないのに。

 そこが大きな問題。

 例えば、あなたは日本のよくあるコンビニで『店長を出せ!』と怒鳴る。ようやくでてきた黒人の店長がショットガンを持っていても『おせえな!』って言えるだろうか?

 答えはおまかせするとして、話をコンサータに戻す。

 コンサータから手に入るのは『集中』である。その集中とは『冷静』であり、冷静とは『感情』だった。

 感情とは快楽などの興奮を示す、それらを補うのはドーパミン。補給する薬がコンサータ

 さっき話したように感情はアクセルとブレーキ。良い気分ならアクセル、悪い気分ならブレーキ。

 つまりコンサータとは集中する薬というよりも、感情的に良い気分にさせる薬なのだ(当たり前)

 はたから見たら集中する現象があるように見える。

 実際は良い感情良い気分で何かしてるだけ、それを見いだせない勉強に大半が嫌気をさして集中が途切れると定義される動きが出る。

 よく考えて欲しいのが、集中しようとして集中するわけではないってことである。

 かといって嫌なことに対して行動するのは『将来の為』とか『終わったらご褒美』とか未来に関するアクセル感情で動いてる。

 その動いている時に集中という言葉を唱えてるわけじゃない。集中とは現象に名前がつけられてるだけで、感情が結果的に行動を促す。

 ゲームに集中できるのは楽しい嬉しい美しい清々しいなどのアクセル感情が人間を動かしているからこそ。

 逆に楽しくない、嬉しくない、不愉快などのブレーキ感情が行動を止めるのでそれを含むゲームをクソゲーと呼ぶ。だからゲームには飽きがある、その飽きの本質は嬉しくなくなった、その嬉しさに耐性が着いた。換言されて楽しくないなった。

 勉強の中でも歴史は楽しむ人が居るし、英語も楽しくしてる人がいる、数学も実は楽しんでる人がいる。だから続く人が天才として名を重ねる。

 個人的にADHDの人は自分含めて感情の起伏が浅いと考える。

 抑揚はないし、他人の喜びを喜べるほどの喜びもない。手に入る感情が浅い。

 だから集中できない、ノイズが走る。それはどうしてか? 感情的じゃないからだ。

 何も思わないからこそ何もできないし、普通のラインの感情、所謂怒りや興奮、それなりの感情バランスに満ちていないから音を拾う。

 基本的に怒っている時や興奮している時は他の音が聞こえない。

 それは普通の状態でもある程度遮断する作用として効果を出すのだがADHDの人はその状態にも満ちていないので音が聞こえる。

 だからADHDの本質は感情的じゃないのが全て。

 逆に言えば感情を抱けた少ないものには集中したい、それが過集中と呼ばれる固執現象に変化するのではないか?


 しかし、感情的ではないというのは全てがマイナスに作用するバッドステータスとは限らない時がある。

 それはブレーキ感情の存在。

 これがあると手が止まる。歩みも止まる。

 歩みが止まるというのは、進歩しないということ。

 例えば包茎の人は『どうせ彼女作れない』って諦める。なぜなら包茎に対して劣等感というマイナス感情(ブレーキ)を感じて行動に制限をかける。

 真っ当な判断ですねと納得。


 嘘です。よく考えるとおかしいって分かりましたか?

 包茎自体は彼女を作ることに作用しない。作ってから作用する問題、作った後に直せばいい。その本質に気づけず劣等感一つで動けなくなる。

 嫌われる勇気は『トラウマなんてない』と言った通り。

 そこでADHDの感情起伏の弱さがバッドステータスにならない理由として出てくる。

 実行しようということに対してブレーキ感情が働かない。

 結果的に『思い切りのある凄くアクティブな人』として映る。これが異端にも尊敬にも映る。

 どうしよう、エアコンの温度上げたいけどなんか言われたら?(不安感)とかはない。

 温度が低いので上げましょう。それだけ。その不安感がないので期限が守れなかったりするのだが。

 よく言えば誰にも止められない実現の天才。悪くいえば?


 悪く言うことすらおこがましいほど誇らしいステータスだ。


 というのは冗談で体感したことの無い感情が彼らには多い。

 それが操れずに抑制できずにわけも分からず、行動となって癇癪とか大泣きとか、一夜の大爆発に繋がる。

 悪くいうとすれば、感情的すぎる。


 ふう、感情的に書いたら長くなっちゃった。

あっちゃんのYouTube大学見てた

 シンプルに言って説明がうまい。

 見た種類は漫画とかじゃなくて雑学書の解説。

 多分、本の内容から色々得て、それを出す形でやってるはず。

 本はそれなりに分厚いものだけど、本に対する内容だけに対してあっちゃんの言葉数を考慮すると要約してるってのが分かる。

 その要約した内容に芸人としての身振り手振りと例え解説を挟んでるのがすごく分かりやすかった。

 話のピックアップ、文章の削り、説明の追加、どの順番で本の内容を説明するか、ホワイトボードの構成、それすらも彼は考えてると思う。

 自分もブログでゲームソフトのレビューを何回かしたからわかる、大きな知識に対して『どれが必要か』とか『どういうふうに教えるか』って考えるのはすごく大変。

 自分は自己満足の領域を出ないのでどれも考えていない。だから分かりにくかったり、中途半端だったり、精査不足感が出る。

 でもあっちゃんのはそういうのが少ない。中途半端は絶対ないし、途中で章の終りにまとめみたいに挟むのを二回か3回かしてくれるのも良い。

 見た話に記憶の話があって、記憶は簡単に言ってしまうと覚えた時と忘れた時には右肩上がりと右肩下がりがあるとのこと。

 忘れかけた時に覚えるとガガガって斜めに突き抜けて、また下がっていく、覚えるとまた上がっていく。これを繰り返すと記憶されやすくなると解説にあった。

 あっちゃんの解説は大きく分けて4種類のゾーンに話を分けていて。その中の二種類の本の内容のゾーンを語る。

 二種類を語った時に最初に語った内容のゾーンの復習をしてくれる、しかも高速に端的に。

 そして色々紐つけて『これはこうだからこうなって僕はこうなる、そんな感じなんですねー』って大きなまとめの繋げにもなるし、例えコントでの復習もある。

 それは反復記憶というものが存在するから。反復した方が記憶に定着する、単純にその理由。それだけ。

 それだけの為に動画時間はホワイトボードの項目に反比例するように合計で50分の大きなノーカット動画になる。

 半分以上は軽いまとめと例え。それを時間稼ぎって言うのはその人の勝手だけど、俺は合理的なあっちゃんは好きだ。

 そして記憶には感情記憶もあるらしい、初恋は覚えているのは感情があるから、怒られた記憶は怒られた感情があったから。

 あっちゃんは非常に感情的に抑揚をつけてメリハリがあり、途中でもコントみたいに絡んでくるそれなりに長い例えは自分の代わりに感情を引き出して記憶させやすくしてくれてる。

 これがあるとこうなるみたいで〜って始まって、その時の絶望的な感情を演技で簡単に例えてくれたり、楽しい気持ちを楽しく見せてくれる、感情記憶に繋がる。

 手続き記憶の話で、チャリの乗り方は忘れにくい、スキップの仕方も忘れにくい、体の動きの記憶を手続きって言うという話になった時に、チャリに乗る素振りで『あれ?乗れる』スキップする素振りで『あれ、できる?』って本当にやってくれる。

 この時に出てくる楽しそうという与えられた感情が記憶の形になる。

 さらにあっちゃんは記憶喪失の人は過去とか忘れるのにパンは食べることだって分かってるんですねって言ってパンを取る素振り。

『パンは何? いや分かる、パンは食う、おいしい』

 食べる動きもする。ふって含み笑った人は微かに面白いという感情を抱く。


 この時に本当のことを話してるかどうかは関係なくて。

 なぜならその本を手に取った人は実際少ないから。

 かなり大胆な説明してるんだと思う。自分も大胆にならないといけないのかもしれない、史実に忠実、これが一番クソつまらない。

 だから自分も大胆にカットして大まかにあっちゃんのことを言った。だってあっちゃんの動画の中の、直撃で脳の話を見てるやつなんているわけない。

 でも本質は捉えてるからいい。妙にダラダラしても仕方ない。

 この話で言いたいのはあっちゃんは合理的に解説してるってことだけで、ただただ合理的だよって言うだけじゃ面白くも説得力もない。

 だからって全部を細かく言ったら、それでは自分で言う意味がなくなる。

 自分で言う意味が無いというのは、あっちゃんの動画を切り取って『こんな感じなのが好きなんだよね』って言う方が確実だし面白いってこと。

 そこで自分が口で文で、言う意味を見出すとしたら、改変と内容の抽出と言葉選びになってくる。

 もしかしたら単純に要約するよりも、消して自分で構築し直した方が良い時って必ずある。ふと思いついた時とか。

 その時に、大元の努力を消してまで我が道で見せる大胆な選択を選べる自信はない。

 それがあっちゃんにはあるんだと思う。

 自分はなかったけど、今見つけたからセーフ。

【ネタバレなし】クラッシュ・バンディクー4とんでもマルチバースのレビュー


 久しぶりのクラッシュ。ps1からいつぶりかな?

 psストアでセガ作品のセールがあり、そこでクラッシュもセールとなっている。

 数日遊んでみた感想を少し。

 進んだ場所は結構終盤、まだエンディングはいってない。

 結論から言うと、ps3時代にクラッシュを出してこなかった分、高グラフィック2Dゲームのノウハウが圧倒的に足りてないというのが印象だった。

 3のリメイクをしているくせにこれなのか、と。思ってしまった。

 このゲームはグラフィックが良くなった結果、露骨にラチェットクランクとクリソツになっている。

 もはや一緒なのだが、ラチェットクランクと比べた時に3D表現力の乏しさ、それをサポート出来かねないカメラアングルのくそ加減があった。

 前からやってくる物体がやってきていると分かるには条件がある。

 影の動きや体の大きさの変化など。

 その変化がひとかけらもない。今作は本当に敵が近いのか遠いのか、妙に遠近感をつかめない。

 おかしい、なにかがおかしい。途中で斜めに揺れるロープに捕まるクソどうでもいいところがあるのだが、そのロープが斜めかどうかも根元を見て把握できない。

 そのロープがきているのか、それとも向こうに振られている途中なのか、それは常に分からない。

 ただただ、ロープが手前に来て「ああ、ロープが今来たのか」ってなる。

 レール走る時もラチェットのレールとクラッシュのレールを較べた時に明らかに差がある。

 ラチェットは単純に見て飛べる。それでミスするのは単純にパカ、ミスるけど。まあまあ、今のは俺が悪いよなって。

 クラッシュはそうならない。この辺でジャンプしないとこの辺でクルクルしないと絶対ダメってなる。その割にギミックは背景と同化するほど2D。気づかずにぶつかることすらある。

 それがすごくストレス。本当に遠近感が掴めない。感覚でしろと言われたらそうだが、ビジュアルで区別がつかないならこのグラフィックにしてまで最新作にこだわる意味はない。

 初代などはそれを分かっていてそうならないようにステージ構成、カメラ構成をしていたのではないだろうか?

 それを取っぱらっただけのバンディクーは他のレビュワーの言葉を借りると難しいという言葉を理不尽だと履き違えた馬鹿共というのはうなずける。

 確かにキャラの下には丸い影があるが、それだけを見てやらなきゃ行けないアクションゲームは没入感を落とす。っていうかそれ頼りのゲームは有り得ちゃダメ。

 本当にこういうところはラチェットクランクの下位互換だとイライラした要素。

 ただ、同じステージをスキンの為に練り歩いた時にすごく面白く感じた。

 遠近感延々の部分をもう把握しているので、それがなくなったタイミングの繰り返しプレイはとんでもなく面白くなる。

 タイムアタック、スキン、ダイヤ。最も身近なのはチェックポイントからの再開。

 シンプルに己の感覚との勝負になるし、爽快感がある。

 マスクで効果が四つあるのだがそれもなかなか良い感じ。

 正直に言うとめちゃくちゃ難しい。ミスもする、レトロだから最初からになる。

 でも常にそうじゃないから許されてちょうどいいと思う。

 それなりに難しさを把握しているのか難しいマスクほど間に普通のステージを設けている。その辺の気配りは良い。

 ちなみに最後のマスクは終盤に手に入るだけあってめちゃくちゃ自己主張してくる。しかもむずい。あれが真のあべこべ。

 ストーリーも胸アツの王道を抑えていてそれを補うローカライズもひらがなの扱いが完璧、ちなみに本編でキャラのセリフに誤字が1つあるがそういうのは仕方ない。

 声優も良い。声優といえば声、声といえばキャラでとあるキャラのセリフがかなりどくとく。

 英語では表現しきれないであろう日本語とカタカナ語の折合わせをねじ込むのだが、その言い方がとてもかっこよく感じた。

 君を倒せないなら私はレボリューション、君は私を倒せなくなった。みたいな。本編で聞いたことないけど、こういう言い方でストーリーに割り込んでくる。それがよい。


 総評を星5つで表現すると。

 面白さ★★★★★、ストーリー★★★★★、ローカライズ★★★★★、理不尽感★★★★、グラフィック★★、難易度★★


 理不尽感は上記の遠近感。グラフィックはそれらを改善できていないのでいくらUnreal Engineといえど次回作で頑張ってもらいたい、ステージ構成が面白いだけに、とてももったいない。

 その証拠に完全2Dのボーナスステージは毎回ある度に、それなりのギミックを解除して満足するまでやって残機を補充してから先に進んでいた。その時が1番たのしかった。ビデオステージもなかなかおもろかった。

 本編の難易度自体はちゃんと箱壊してリトライしてたら現在残機×2くらいの総コンティニューできるし、それすら要らない今あるモードなら続けるだけでいけると思う。

 俺はやめどきが見つかるようにレトロでやっていた。

 マスクの織り交ぜはかなりヤバいけど、リトライ性に溢れててそれも面白い。

 トロコンするなら難易度は5。でもトロコン目当てでする人は少ないと思う、だってトロコンするのが目当てならRPGツクールでいいし。

 それは冗談だけど、もしやるなら一つだけコツを。

 ダブルジャンプはクルクルしながらした時が高く飛べる。

 ただし、普通のジャンプはクルクルしても変わらない。ダブルジャンプだけクルクルして飛ぶと高くなる。

 一番高く飛べるコンボは、スライディング→ジャンプ→くるくるジャンプ。

 〇→×→×□

 これ知ってるとボーナスステージと飛び移る系がかなり楽になる。

 スライディング→くるくる、スライディング→くるくる→ジャンプも一瞬の隙間に飛び込むギミックと単純に死んだところまで早く行きたい時に強い。

 それじゃ。

ADHDの重ねて話す癖についての見解


 本日先生と面談したのだが! 分かることが少しあった。

 ADHDでよくあるのは話をかぶせてしまう癖。

 薬を飲んでから待つ意識はあるものの、どうしても先に言わせて欲しくなる。

 これはどうしてか? それには理由があった。

 俯瞰的に三人称でメタ的に色々わかるようになってきた。

 結論から言うとADHDの人は短期的な記憶力が著しく悪いので重ねて話している場合がある。

 自分が話したいことをキープしながら先生と話していて、自分のターンとなった時に話したいことが消滅していることが多く、まとめていた言葉も消えていた。

 言葉の再構築はそれなりにできるが、どうしても「えっと……」どんな話をするんだったっけ?

 みたいな。

 感受性が高く、引き込む力がある分、引き込んだ時の衝撃で別の思考が消し飛ぶ。

 コンサータを飲んですごく感じる。話さなくていいとき、重要じゃない時はかぶす意味は無い。

 だが、話さなくてはならないこと、話したいことを忘れるのは重大インシデントに値する。

 それが嫌なので先に言わせて欲しいと話をかぶせ、早口でペラベラ言わせてもらった。

 というパターンがすごく多かった。早く言わないとそれでも忘れてしまうんじゃないかって。

 そしてIQ検査を見直してみた。先生は機嫌で傾く数値に意味などないと言ってはいたが、ガッツリとその証拠が残っていた。

 よく見てみると大きく逆『へ』の字を描いたグラフは短期的な記憶力、フラッシュメモリ、それらを司るIQ、ワーキングメモリーが普通より低かったのだ。

 その数値は脅威の79。そもそも平均IQが80で、その中でも最高に高い数値が処理速度の96。

 ちなみに70台の割合は7%くらい。IQ120と同じ割合と考えるとレア。ちなみにそれがふたつあるし、俺はつむじも3つあるのでとんでもなくレアな人間ということがry

 100以上が一個もないのでギフテッドがないという悲しみは置いといて。

 このIQに落差があると合体して別の問題になるのでは、と考えている。

 その証拠がメモリーの低さと生半可にキープされた処理速度。

 全体的な数値と当日の機嫌が足を引っ張ってるだけで処理速度のIQはもしかすると100超えててもおかしくない。

 その処理速度が早いというのは言い換えると飲み込みが早いとも言えるし、出すのも早いとも言えるが。

 重要なのは飲み込みが早いということ。

 沢山の情報を処理できないと言うよりはできる。できるが、メモリーが低いので格納されない。

 それでも格納しようとした時にメモリーの中の一部が消え失せる。

 それがまさに、あれ、なにしようとしてたんだっけ、となる現象に拍車をかける。

 はいこれはいこれはいこれ、そう言われて流されたアイテムは狭い机の上に置かれていくが。

 あまりにも狭いのでそれらの状況を利用する前の必要な情報すらも。

 意識していないのに、それよりも無駄な何かを保存しようとして手放してしまう。

 天才ゆえの苦悩といえば好ましい悩みだが、俺はこれが多すぎた。

 先生の話を聞いているうちに本当に、言いたいことが完全に消える。それが恐怖にも感じて意思として言葉として言うならば『話が終わるのを待てない』

 どうしてか? 『待っていたら会話にならなくなる』からだ。

 これは何かの薬品の力を借りても治らない。それがよくわかった。

 なんなら他のことが薬のおかげで静まったせいで、これが浮き彫りになった形だ。

 ADHDには物質の流入以外に脳の連携が下手というのは確かな情報である。

 

 生半可な集中力が処理を加速させた結果が短期的な記憶喪失となって姿を現す。皮肉なことだ。

 だが俺は長期記憶なら自信がある。

 まず小説のプロットは書かなくてもいいくらいには数日、覚えていられる。本編を読み返せば記憶の鍵も開く。

 最初からそうなのかどうかは分からない。もしそうじゃないなら。

 小説を書いてきたから芽生えたのなら。

 重ねた話す癖、その原因の本質の短期記憶を改善することが可能かもしれない!

 シンプルに無能ということがよく分かった1日。