二日目のコンサータを語る
コンサータが切れた時についての感想。特になし。
明確に話す意欲が失われるのは事実だがそれまで。機能が抑制された感じは少しある。
快楽が減る? 薬が少ないので、増量した時に依存性があるか分かると思う。
こちとら最低容量、まだまだ検証しなければいけない。
今回語りたいのはコンサータを使ってる時の感覚について。
コンサータが切れた時と有効な時には多少の差が存在する。
切れた時有効な時ってややこしいな。薬を飲む前と後にしよう。
飲む前にはできなかったことが飲んでからできることもある。
自分の場合は飲むことでやれることが圧倒的に増えた、ゲームで言うと足音を聞いてわかることが増えた。
少し前なら、足音を聞く→敵がいる。だった。
移動という既に行っている行動をしながら足音を聞く行為。普通の人ならどちらもキープできる。
こちら側の人間は常にどちらかを放棄して拾い直して考える。その時に抜け落ちるリスクがあり、それが『あれ?何を検索しようとしてたんだっけ?』というよくある現象となって現れる。
今は違う。
2つの領域があり、それぞれがssdのランダムアクセスのように発想している。
なので唐突に発想を片方へむすびつけることができるようになったし、それぞれ独立しているので同時に違うことを考えることも出来る。発想はキープされる。
例えば敵の場所を検討しながら不意打ちを考えるという並列処理はADHDには無理!とキッパリ言える。敵の場所を探してから不意打ちを考えるんで。
現実的に言うと水が入ったコップを持った状態でしゃがんでゴミを拾うとする。
ADHDはコップに入った水が零れてしまうほど手を傾けてゴミを拾ってしまうだろう、なぜなら意識がゴミを拾うことに全て持っていかれ、手の状態を維持できないからだ。
全集中ゴミ拾いの呼吸。壱の型、コップの水は濁流の如し。
子供の時に親にラップで包まれたおにぎりを食っていて、片方ばかり食ってポロリと大山を落としたことがある人は居るんじゃないだろうか? それは意識が一つしか持てないから。
FPSは対戦相手の気持ちを考えて動くことが最適とされており、ADHDはこの時点で不利だと言える。
左手が相手、右手が自分。
薬は素直にブーストです。
できることが増えて効率的。これが顕著にわかり易く出るのはコンサータの凄さ。
他にもすごいと思ったのは楽しい、きもちよいと思えるようになったこと。
今まで気持ちよいとはオナニーにしかないと下品な話そう思っていた。なのでAVはとても都合の良い、オナニーするための最強アイテムって。
違った、薬飲んでから話すこともなにかすることも、それで残る結果も楽しい。
歩くだけで楽しいし心地よい。
特にゲームはもう、薬をキメてからするゲームは格別なわけ。
あーたのしい!さいこう!もっとやらせてくれ! もういっかい!
勝った時に出てくる快楽。ゲームってこんなに楽しいんだなと。
そりゃみんなやるよねって。元から好きで長時間やってたけどもっとやりたくなったというか。
快楽っていう得られるものに気づいたんだよね。
コンサータ飲み始めた人はゲームにのめり込むと思うわ。特にFPSとかね。
本当はやりたいけど我慢してこれ書いてる。疲れてるのもあるけど。
ああ、勝利がフラッシュバックする。
現状は日々に満足してるのでここまで。
この気持ち良さで分かった点があるのだが、長くなりそうなので別の記事に書く。それでは。